miyaはんです!(^^)!
ご訪問いただきましてありがとうこざいます。
50年超生きていると、これまで考えてもわからなかったことが、ある日突然にパズルのピースが全て埋まるように、理解できることがあります。
出来事の意味づけなのかもしれません。
自分の人生に起きた、さまざまな出来事に自分なりの意味づけができた時、「理解」の感覚が生まれるような気がします。
出来事は、結婚・離婚、病気、就職、親族との死別、事故、災害など、ライフイベントの他に、外力が加わったどうしようもない環境の変化の経験もあるでしょう。
自分の経験を自分の思考の枠内で考えるだけでは、意味づけも限界があります。
他の視点を持つなり、他者に聞いてもらうことで、何かが変化します。
先日参加した災害関連のセミナーは、講師のお話を聞きながら、自分の中に新たな視点を持つことができました。
与えられていた機会
大災害の被災経験があります。
災害が発生した半年後には、「経験を伝えてほしい」と研修会の依頼があり、遠方の病院まで話をしにいきました。
経験したこと、災害発生時に撮影した写真をもとに、
どうしたら感情的にならずに、うまく伝えることができるかを
パワーポイントを作成しながら、考えました。
自分の施設内で発生した出来事を、時間の経過をたどりながら、
淡々と説明したように思います。
その後、毎月1~2回のペースで研修会の講師の役割がやってきました。
毎回、パワーポイントに沿って、淡々と説明します。
ほとんどの研修会では、終了後に企画者との懇親会を兼ねた食事会を開いていただきました。
ご当地の名産、グルメと言われる美味しそうな食事が並ぶテーブルを前にして、
当時の自分は、先ほどまで自分が話した災害発生時の状況を追体験していました。
全く食欲がわかないのです。
おそらく美味しそうな香りもしていたでしょうが、お料理の匂いも全くわからない(-_-;)
箸が進まないワタシを見て、企画者は「お口に合いませんか?」と必ず尋ねてくださいます。
最初の頃は、「直前に軽く食べてきました」とか言っていましたが、
ある時思い切って、「お話させていただくと、カラダの感覚が当時に引き戻されて追体験しているのです。すみません」と伝えました。
主催者側は、ハッとされて皆さんうつむかれてしまいました。
ワタシは、続けて言います。
「いえ、お気遣いなく、皆さんは美味しく召し上がってください。皆さんの美味しそうに召し上がる姿を見ることが、過去の感覚から現在に自分を引き戻してくれるのです。お食事を楽しく美味しく召し上がる皆さんの姿を見せてください」
そうお願いして、食事の時間を過ごしました。
震災当時は、テレビ番組もなぜか規制されており、
震災前の番組編成に戻ってからは、料理番組や美味しそうに食べるグルメレポーターが出演する番組を好んで見るようになりました。
そうすることで、自分の味覚や嗅覚、食欲を取り戻すように本能的な行動をとっていたのだと思います。
また、「なぜそんなに冷静に話せるのですか?」という質問も毎回ありました。
自分は、どちらかと言うと激昂しやすいタイプですが、これらの研修会でお話しをさせていただく時は、経験した出来事から一定の距離を置き、「解説者」としての立場を守りました。
もしかしたら、ココロに蓋をしてしまったのかもしれません。
でも、何度も何度も、経験を客観的に伝える取り組みが、いつの間にか前に進む力となっていたことも確かです。
当時は、「役割とはいえ、なぜ自分だけがこんなことをしているのだろう、同僚たちは元の仕事に戻っているのに…」と不公平感もありました。
でも、今思えば、「震災を経験していない人々へ伝える=レジリエンス(自己治癒力)の惹起」でした。
そして、その機会を与えてくれたのは、上司ではなく、全国にいる友人や研修会で知り合えた知人でした。
生活や職場が災害により壊れてしまう経験に、沈み溺れることなく、経験を丁寧にひもとき、意味づけする機会を与えていただいていた、と今は感謝しています。
災害後から今まで、夢中で過ごしてきましたが、
とにかく、今は生活も職場も新しい時間の中で自分らしく生きている、
あの頃の全てが今につながっていたんだと、改めて人生の不思議さを思います。
支えてくださった人々への感謝とともに、です。
災害の経験は、1回や2回で、語りつくすことができません。
記事が長くなりますので、今回はこれくらいで終わります。
重くならないように書いたつもりですが、
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
地域の小学校ではインフルエンザが流行しているそうです。
季節の変わり目です。
休養をとりながら、あたたかくして過ごしてまいりましょう!(^^)!