miyaはんです!(^^)!
阪神淡路大震災から25年が経過しました。
当時、職場でテレビをつけ、被害の大きさに言葉を失いました。
知人の無事を祈り、1日中テレビの前と、自分の持ち場を何度も往復した記憶があります。
知人は無事でしたが、家は損壊し、転居を余儀なくされました。
3歳の子どもを抱え、職場も変わり、苦労を重ねてきた知人は、
今だに1月17日が近づくと、強い頭痛と吐き気が現れて、苦しい1週間を過ごしています。
街並みは、美しく、より強固になりましたが、
人々の心に受けた深い傷は、今もなお痛みが残ります。
一方、東日本大震災で被害が大きかった地域の仮設住宅に住まわれていたご家族が、
今週災害公営住宅に転居され、仮設住宅の解体が始まりました。
約10年間、プレハブの仮設住宅で暮らしを営まれていたことになります。
さらに、昨年秋の台風被害で、仮設住宅の暮らしが始まったばかりの方々もいます。
生活の基盤は、いつ、どこで突然奪われるか、誰にもわかりません。
かつて、自分も大きな災害で被害を受けた経験を持つので、残りの人生においては、もう災害には遭いたくないと願う一方で、自分の暮らしを守る備えは続けていきたいと思います。
そして、備えの一つとして、「いつ大きな災害に出会うかもわからない。出会った時に自分を護り奮い立たせる心の持ち方、ストレスへの対処方法、を身に着け、ある種の覚悟を持って生きていきたい」と、思います。
改めて、25年前の阪神淡路大震災で被害に遭われた方々と地域に祈りを捧げます。
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